【最終回】サッカーワールドカップ玉手箱

2018年6月19日、サッカーワールドカップロシア大会開幕2か月前に、それまで日本代表監督であったハリルホジッチが電撃解任され、 西野朗監督に交代した日本は、コロンビアに2-1で勝ちアジアの国で初めて本大会で南米の国を破るという快挙を達成しました。

今回よりもはるかに前評判の高かった前回ブラジル大会の日本代表は、 最後にハメスロドリゲスにあざ笑われているような得点を決められ1-4と完敗しました。

そのコロンビアに対して、ロシアでみごとにリベンジしたわけです。 しかし、今回の日本代表の前評判はとても褒められたものではありませんでした。

同じように、いや今回もよりもさらに前評判が低かった日本代表、 そう2010年南アフリカ大会の日本は自国開催以外で初めて決勝トーナメントに進むという好成績を残したのです。 サッカーワールドカップ玉手箱は、今回で最終回を迎えます。

最終回は直近の2大会、すなわち2010年の南アフリカ大会と2014年のブラジル大会を振り返ります。

才能あふれる選手を集め多くの自由を与えてプレーさせたジーコジャパンの失敗を受けて、 日本サッカー協会は2010年南アフリカ大会に向けた代表チームの監督にイビチャオシムを選びました。

オシム監督は日本人に合ったサッカーとして、「考えて走るサッカー」を掲げ代表強化を図りましたが(写真1)、 志半ばにして脳梗塞に倒れたため、岡田武史が2度目の代表監督に就任したのでした。

(写真1)オシム監督の練習風景

アジア最終予選はオーストラリアに次いで2位で本大会出場を決めたものの、 大会直前の親善試合の成績は振るわず、岡田監督はサッカー協会に辞意を表明しましたが何とか慰留されるという始末でした。

その後、岡田監督は選手たちとのミーティングを重ねた結果、本大会では超守備的システムを採用しました。

結果は記憶されていらっしゃる方も多いかと思います。 初戦のカメルーン戦は本田圭佑の得点により1-0で勝ち、 続くオランダには0-1で負けたものの、第3戦のデンマークを本田(写真2)、 遠藤保仁のフリーキックと岡崎慎司のダメ押し点により3-1で破り、グループ2位で決勝トーナメントに進出したのでした。

(写真2)デンマーク戦での本田のFK

グループリーグでの他国の話題に触れましょう。
南アフリカ大会はアフリカ大陸で開催された初めてのワールドカップでしたが、史上初めて開催国としてグループリーグで敗退した南アフリカをはじめとして、残念ながらアフリカ勢は奮わず、決勝トーナメントに進出したのはガーナのみでした。

また、南アフリカのサポーターがサッカー観戦の際に日常的に使用している応援グッズ、ブブゼラの騒音は半端じゃありませんでした。

日本は決勝トーナメント1回戦で、南米のパラグアイと対戦しました。拮抗した試合は0-0のまま延長戦でも決着がつかず、PK戦に突入しました。 ここで日本は4人目の駒野友一が失敗、残念ながらベスト8進出はなりませんでしたが、下馬評の低かった日本代表が決勝トーナメントに進出し、日本のサポーターを大いに沸かせました(写真3)。

(写真3)決勝トーナメント1回戦、日本はパラグアイとのPK戦で敗れた。

決勝は日本に勝ったパラグアイを準々決勝で1-0とくだしたスペインと、日本がグループリーグで0-1と惜敗したオランダとのあいだで行われました。 0-0のまま延長戦にもつれこんだ試合は最後の最後にアンドレアス・イニエスタの決勝ゴールでスペインが勝利したのでした。

(写真4)優勝してトロフィーを掲げるスペインのイニエスタ。

まさにこの時こそが、スペインが追求してきたポゼッションサッカー(わかりやすく言うと、ひたすらパスを回しボールを相手に渡さないサッカー)が絶頂期を迎えた瞬間でした。

続く2014年のワールドカップは、王国ブラジルで開催されました。
監督がザッケローニに変わった日本代表のアジア予選は、ヨルダンに星を落としたもののオーストラリアの不調にも助けられ首位で本大会出場を決めました。 「自分たちのサッカー」をキーワードにブラジルに乗り込んだザックジャパンのグループリーグ初戦の日、「必ず勝とう」と私は以前勤務していた病院でパブリックビューイングを主催しました。

本田の先制点で盛り上がりは頂点に達しましたが、あのコートジボアールのカリスマ、ドログバの登場(写真5)で試合は一変、ドログバ以外の選手に2点を入れられ逆転負けでした。

(写真5)コートジボアールのカリスマ、ドログバ

パブリックビューイングが一気に盛り下がったことを今でも昨日のことのように覚えています(ただし、あまりにもショックだったのでしょうか?その後の自分の行動が一切記憶にありません)。

第2戦、退場で一人少なくなったギリシャに勝ちきれずに0-0で引き分けた日本は、第3戦で冒頭でも述べたようにコロンビアに1-4と完膚なきまでに叩きのめされ、大会から姿を消したのでした。

ブラジル大会の決勝トーナメントの試合で、開催国ブラジルのみならず世界のサッカーファンが最も衝撃を受けたのは、ブラジル対ドイツの準決勝でしょう。 準々決勝でコロンビアと対戦したブラジルは、コロンビアDFの悪質なファールでネイマールが腰椎横突起骨折を受傷し、以後の試合への出場が不可能となっていました。

くわえて、主将のチアゴ・シウバが累積警告で出場停止、相手はドイツですから開催国とは言えかなりの苦戦が予想されました。 試合が始まるとブラジルは次々に失点を重ね、何と1-7とドイツに屈辱的敗戦を喫したのです(写真6)。

(写真6)ブラジルはドイツに1-7で敗れる!

しかも、7失点は、ブラジル代表にとって史上最多失点記録、ワールドカップ決勝トーナメントの試合でも史上最多失点記録という不名誉なものでした。 ブラジルメディアはこの試合のことを「ミネイロンの悲劇」と表現しました。

これは、1950年のワールドカップブラジル大会の決勝で、リオデジャネイロのマラカナンスタジアムで当時20万人以上と言われた大観衆を前に、ブラジルがウルグアイに負けた「マラカナンの悲劇」になぞらえたものでした。

こうしてブラジルに大勝したドイツは、大会MVPを獲得したリオネル・メッシ擁するアルゼンチンを延長戦でのゲッツエのゴールで1-0とくだし、優勝したのでした(写真7)。

(写真7)ブラジルに大勝したドイツが優勝!

ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
ワールドカップ玉手箱はこれで終わりますが、現在ロシアワールドカップ真っ最中。
サッカーは不滅であり、ワールドカップはこれからも延々と続いていくに違いありません。
私もこの4年に一度の地球規模のお祭りを楽しみに、残りの人生を生きていこうと考えています。
そして、今回も最後に申し上げます。
私は、整形外科医です。